ホワイトブラックネイビーズ

正直に言うと、まだ方向性が決まってないんです。

雨雲みたいに輪郭がはっきりした不安なら雨で流して。

周りの人達に恵まれていたにも関わらず私は私の繊細な気質で参ってしまった。

 

のような書き方をする場合、そのような気質に自分自身でも気が付かずに振り回されただけであって、周りは全く悪くないという穏当な書き方ができる。

 

しかし、周りに本当に苦しめられたせいで参ってしまった場合はどういう表現で書くのが良いのだろうか。

 

難しいのは本当に周りの人たちの責任なのかというのが、受け取る側にしてはわからないということ。

 

「自分がこの目で見たわけではないし、片方の意見だけで判断できないからね」

 

その通り過ぎる正論。

 

さらに難しくするのが、その受け取り側に繊細さや過敏さが理解できない場合があるということだ。

 

そんな時、どう表現するとお互いに良い状態で関係改善(ここでの改善には気質的に合わないと判断した場合、距離を置くというのも含む)出来るのだろうか。

 

人を壊すのも人であれば、人を活かすのも人だという。

 

最近、寒暖差とか気圧とか悲しい出来事とかの影響でかなり気持ちが落ち込んでいる。

 

文章を書いて頭の中を整理したい。

 

このブログの行く先は決まっていないが、こういう自分の毎日の気持ちを書き留めるツールとして使っても良いかもしれない。

 

私は私の気持ちに従う。

 

それが良いのかもしれない。

 

食べログで評価を見てお店を決めるのもいいけど、自分の直感を信じてお店を選ぶのも良いかもしれない。

 

昔から町民に愛されていそうな出立の中華料理屋。

 

ジャケットを見て絶対いいアルバムだと確信してCDを買うのも。

 

穏当に書かなければいけないという考え方も、もしかしたら私は私の気持ちに従うから逸脱しているのかもと。

 

しかしトゲのある言葉は使いたくない気持ちは必ず私の根っこにある。

 

やんわりなのか。

 

伝えるとしてもやんわり、届く人に届くような形がいいのか。

 

でもそれじゃあ自分を形作るものの輪郭もぼやけるのだろうか。

 

試行錯誤が始まりそうで、疲れてしまう。

 

普段は考え事をじっくりするのは好きな方だ。

 

ただ今は休む方がいいか。

 

こういう夜はまた来ると思うけど、そのたびに適切なタイミングで休んだ方がいいと私は私の気持ちに従えるか、気づけるか。

 

休むことにしよう。

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